京都大学「世界経済論」の系譜
   
   
 「世界経済は、諸国民経済(国内市場)と国際経済の複合体であって、国際経済よりもより包括的な概念である」(13ページ)
                            
松井清著『世界経済論体系』(日本評論社)序章より

西暦 元号 部局1 部局2 講座 担当者 経済学部長経験 主著 解  説
京都帝国大学 法科大学 商業経済学
1898 明治31 京都帝国大学 法科大学 農業経済学 新渡戸稲造 農業本論 わが国農業経済学の草分けである。彼は後に国際連盟事務局次長として活躍した。彼は札幌農学校を卒業後、アメリカやドイツに留学、帰国後、京大教授や第一高等学校長などを歴任した。
1909 明治42 京都帝国大学 法科大学 農業経済学 河田嗣郎 土地経済学 河田の農業経済学は、のちに設置される京大農学部のような農業経営学でもなく、また東大農学部のようなドイツ農政学でもなく、経済学の一部門としての農業経済学の体系的確立を目指すものであった。農業経済学のパイオニアとして、河田が同分野の発展に寄与した功績は大きい。
 『歴史の終わり』のフランシス・フクヤマの祖父である。
1924 大正11 京都帝国大学 経済学部 外国貿易論 戸田海市 商業経済論 『京都大学百年史』によると同書第2編第1章に収められている外国貿易論が「世界経済論」の始祖とされている。古典派貿易論に立脚しつつ、近代的な要素価格論を独自の形で包摂したものであった。
1928 大正15 京都帝国大学 経済学部 植民(殖民)政策 山本美越乃 植民政策研究
1930 昭和5 京都帝国大学 経済学部 同上・農業経済学 八木芳之助 米価及び米価統制問題 八木は、河田が目指した農業経済学の理論体系の確立という課題の一層の展開に努めるとともに、昭和恐慌で惨状を呈していたわが国農村と農業について本格的実証研究に取り組んだ。
1933 昭和8 京都帝国大学 経済学部 国際経済論 作田荘一 世界経済学 国家の本質を追究しつつ、「国際経済」と「万民経済」とを包摂する世界経済学の確立を目指す。
 World Economy      VS   International Economy
 (歴史は不均衡で複線的)        (歴史は単純) 
 という世界経済論のエッセンスを初めて体系化する。
1936 昭和11 京都帝国大学 経済学部 国際経済論 松岡孝児 金為替本位制の研究 国際金融論の中に後進国問題を位置付け、国際金融システムに見られる金融の支配・従属関係を摘出した。
1939 昭和14 京都帝国大学 経済学部 東亜経済政策原論 谷口吉彦 購買力補給案−ネオ・インフレーション−
1940 昭和15 京都帝国大学 経済学部 東亜資源論 蜷川虎三 統計学研究 第一
1941 昭和16 京都帝国大学 経済学部 統制経済論 柴田敬 日本経済革新案大綱
1948 昭和23 京都大学 経済学部 世界経済論 松井清 世界経済論体系 伝統的な古典派貿易論と近代貿易論の批判的な検討を通じて、日本で初めてマルクス主義的な体系的世界経済学を構築し、同分野における指導的役割を果たした。
1957 昭和32 京都大学 経済学部 世界経済論 小野一一郎 ブラジル移民実態調査 貿易論と国際金融論との結合に腐心し、世界経済学に綿密な歴史分析を取り入れた。幕末開港期の「東亜におけるメキシコドルをめぐる角逐とその本質」を追究した研究は、世界経済システムに包摂されながら変化する日本経済の金融的体質を初めて浮き彫りにした業績として、国際金融史の分野に大きな影響を与えた。また、小野は、日本における金本位制の成立と当時の国際金融体制との関連を考察し、注目された。
1977 昭和52 京都大学 経済学部 世界経済論 本山美彦 貨幣と世界システム 各国民経済間で作用する力学を重視する国際経済学とは峻別する形で、世界システムを基軸に置く世界経済学の理論・歴史・現状分析を一層発展させようとしてきた。

注意・小野一一郎に関しては助教授就任年